家族が頑張っているのに、なぜ状況は悪くなるのか

現場で見てきたこと

――現場で何度も見てきた「支援が届かなくなる瞬間」

「家族はこんなに頑張っているのに、どうして良くならないのか」

現場にいると、この言葉を何度も耳にします。
そして残念ながら、その多くは本当に家族が努力しているケースです。

声をかける。
見守る。
お金を補填する。
トラブルを後始末する。

それでも状況は少しずつ悪化していく。

これは珍しい話ではありません。

問題は“支援の量”ではない

多くの人は、支援が足りないから悪くなると思っています。

しかし現場では逆のことが起きます。

支援が増えるほど、本人が現実から離れていく。

家族が先回りして生活を整えるほど、
本人は「困らなくても生きられる状態」になります。

・お金がなくなっても誰かが補う
・通えなくても責められない
・問題が起きても周囲が処理する

すると本人の中で、
生活を立て直す理由そのものが消えていきます。

「まだ大丈夫」が危険信号になる瞬間

ある若い利用者は、働いた経験もありました。

家族は心配し続け、
何度も声をかけ、
支援機関にもつなげました。

けれど本人は次第に通所しなくなり、
年金を使い切り、
外で過ごす時間が増えていきました。

周囲はずっとこう考えていました。

「まだ若いから」
「そのうち落ち着くはず」

しかし現場では、この言葉が出始めた時点で
すでに生活の軸は崩れ始めています。

問題は大きな事件ではありません。

生活のリズムが静かに壊れていくことです。

支援が届かなくなる分岐点

長く関わっていると、ある共通点が見えてきます。

それは――

本人よりも先に、家族が疲れ切ってしまうこと。

最初は心配だった関わりが、
次第に「諦め」に変わります。

  • 何を言っても変わらない
  • もう衝突したくない
  • 今だけ平穏ならいい

この段階に入ると、
制度が入っても改善は難しくなります。

なぜなら、
生活を支えていた最後の力が静かに手を離すからです。

本当に必要なのは“早い相談”ではない

「早めに相談してください」

これは正しい言葉ですが、
現実にはほとんどの人が相談に来ません。

地域包括支援の現場でもよく言われます。

潜在的な対象者は多い。
けれど自分から来る人はほぼいない。

理由は単純です。

困っている自覚がないのではなく、

まだ何とか回っているように見えるからです。

崩れるのは、いつも突然ではない

老々介護も、障がいのある家族との生活も、
多くの場合ゆっくり進みます。

気づいたときには、

  • 片方が入院し
  • 生活が維持できなくなり
  • 家が空き、
  • 残された人が次の問題を抱える

という流れになります。

突然の出来事ではありません。

小さな違和感が積み重なった結果です。

私が現場で強く感じていること

問題は「誰が悪いか」ではありません。

家族も、本人も、
その時点では最善を選んでいます。

ただし――

生活には、戻れなくなるラインがあります。

そこを越える前に、
第三者が入れるかどうか。

それだけで、その後の人生は大きく変わります。


もし今、

「まだ相談するほどではない気がする」

そう感じているなら、
それは多くの家庭が通る地点かもしれません。

本当に困ってからでは、
選べる選択肢は驚くほど少なくなります。

だからこそ、
問題が大きくなる前の段階で
一度立ち止まって考える時間を持つことが大切だと、
私は現場で何度も学んできました。

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