「人生100年時代」
「生涯現役社会」
「70歳まで働ける社会へ」
高齢者雇用について調べると、こうした言葉が並びます。
少子高齢化によって働く世代は減り、企業の人手不足は深刻になる。だから、元気な高齢者にはできるだけ長く働いてもらう。
一方、高齢者自身にも働く理由があります。
仕事が好きだから。
社会とのつながりを持ちたいから。
家にいるより働いていたいから。
そして、年金だけでは生活できないから。
では、高齢者が働くことは、本当に良いことなのでしょうか。
私は現在、就労継続支援B型事業所を運営しています。私の職場でも、60代、70代の人たちが実際に働いています。
つまり私は、高齢者雇用について統計や制度だけを見ているわけではありません。
実際に高齢の職員と働き、仕事を任せ、助けられることもあれば、経営者として頭を抱えることもあります。
その立場から最初に言いたいのは、
高齢者雇用を美談にする必要はない
ということです。
高齢になったから人格者になるわけではありません。
経験豊富だから、必ず仕事ができるわけでもない。
逆に、年齢を重ねたから戦力にならないわけでもありません。
結局、高齢者を雇うということは、「高齢者」という集団を雇うことではありません。
長所も短所も、過去の経験も、仕事の癖も抱えた、一人の人間を雇うことなのです。
年齢と仕事上の能力は、きれいに比例しない
私の身近には、60代、70代になった今も働いている人たちがいます。
現場で人を支える人。
外部の企業と関係をつくる人。
接客経験や技術を生かして、店舗運営を支える人。
実際に一緒に働いていると、
若い人ほど仕事ができ、年齢が上がるほど能力が落ちる
という単純な関係にはなっていません。
もちろん、加齢による変化はあります。
体力が落ちることもある。
病気のリスクも高くなる。
新しい機器やシステムへの適応に時間がかかる人もいるでしょう。
しかし、年齢を知ることと、その人に何ができるかを知ることは同じではありません。
70代でも、これまでの経験を現在の仕事に生かし、実際に大きな戦力になっている人がいます。
一方で、それより若くても、仕事上の問題を抱える人はいます。
これは当たり前のことです。
しかし高齢者雇用の話になると、私たちは途端に、
「65歳以上」
「70歳まで」
「後期高齢者」
と、年齢で人を一括りにします。
制度上、どこかで線を引く必要はあるでしょう。
しかし、実際に人を雇う経営者にとって重要なのは、その人が65歳か70歳かではありません。
何ができるのか。
何を任せられるのか。
どんな問題があるのか。
そして、その問題を上回る価値をどこかで生み出せるのか。
私は、こちらの方がはるかに重要だと思っています。
年齢を重ねれば、誰もが円熟した人格者になるわけではない
高齢者雇用というと、
「豊富な人生経験」
「長年培った知識」
「若い世代への技術継承」
といった、きれいな言葉が並びます。
もちろん、本当にそういう人もいます。
しかし、60年生きたからといって、誰もが穏やかで、協調性があり、若い職員を温かく見守る人格者になるわけではありません。
60年以上生きてきた人には、60年以上の人生があります。
長年の成功体験もある。
失敗もある。
仕事への考え方もある。
お金への考え方もある。
人との付き合い方もある。
そして、長年かけて身についた癖もあります。
若い職員なら「これから覚えてもらおう」と考えられることでも、60代、70代になれば、長年の仕事観や行動の癖を簡単に変えることが難しい場合もあります。
実際、私も経営者として、
「どうしてそうなるんだ」
と思うことはあります。
コミュニケーションに課題がある。
人との関係でトラブルになる。
仕事の任せ方に悩む。
経営者として配置に頭を抱える。
高齢者を雇用すれば、人生経験豊富な人材が若い世代を支えてくれる。
そんな美しい話ばかりではありません。
しかし、話はここで終わらないのです。
問題のある人が、大きな実績を残すこともある
私が実際に働いてきた人の中にも、コミュニケーションや人との関係に課題があり、経営者として頭を抱える人がいます。
これだけを聞けば、
「では、その人は仕事ができないのではないか」
と思うかもしれません。
ところが、その同じ人が、外部企業との関係をつくり、実際に複数の新しい仕事を事業所に持ってきた実績を持っていることもあります。
就労継続支援B型事業所にとって、利用者が取り組める仕事を確保することは非常に重要です。
仕事は勝手に降ってきません。
企業との接点をつくる。
話をする。
関係を築く。
そして実際の仕事につなげる。
これは誰にでもできることではありません。
だから、人の評価は難しいのです。
人との関係には問題がある。
任せることが難しい仕事もある。
しかし、外部との関係をつくり、新しい仕事を持ってきた。
では、この人は仕事ができるのでしょうか。
できないのでしょうか。
私は、そんな簡単な二択では評価できないと思っています。
一つの能力が低いから、その人に価値がないわけではありません。
しかし反対に、
一つ大きな実績があるから、ほかの問題をすべて見ないことにしていいわけでもありません。
これは高齢者に限った話ではありません。
ただ、何十年も働いてきた人ほど、得意なことと苦手なことが、はっきりしている場合があります。
だから高齢者雇用で必要なのは、
「この人は使えるか、使えないか」
と決めることではなく、
何を任せれば価値を生み、何を任せるべきではないのかを見極めること
なのかもしれません。
70代でも、過去の経験がそのまま戦力になることがある
私の身近には、70代になった今も働いている人がいます。
過去に接客の仕事を経験し、現在も店舗での接客や環境づくりなどで力を発揮しています。
それまでの職業経験が、今の仕事にそのまま生きているのです。
実際、かなり助かっています。
その人に仕事を任せているのは、「高齢者雇用に貢献するため」ではありません。
仕事をしてもらう必要がある。
できることがある。
任せられる役割がある。
そして実際に戦力になっている。
それだけです。
ここに、高齢者雇用を考えるヒントがあるように思います。
高齢者のために無理やり仕事をつくるのではない。
年齢を無視して若い人と同じことをさせるのでもない。
その人がこれまで何をしてきたのか。何ができるのか。そして今の職場で、どこにその能力を使えるのか。
そこがうまく重なれば、70代でも十分に戦力になります。
逆に、年齢が若くても、仕事と本人の能力が合っていなければうまくいきません。
結局、年齢だけでは分からないのです。
大手企業で定年まで働いた人が、本当に「使えない高齢者」になるのか
定年後の再雇用をめぐっては、こんな話を目にすることがあります。
大手企業で長年働き、管理職も経験した。
定年後、再雇用や別の会社で働き始めた。
ところが、年下の上司とうまくいかない。
以前の肩書きは通用しない。
軽い仕事しか与えられない。
職場に居場所を失い、予定より早く退職する。
その結果、働いて得る予定だった収入がなくなり、老後の資金計画まで狂ってしまった。
もちろん、現実にそういうことはあるのでしょう。
しかし、中小企業を経営する私からすれば、少し違う感覚もあります。
本当に大手企業で何十年もバリバリ働き、営業、経理、人事、管理、現場運営などの能力を持った人が来てくれるなら、活かしようはあるのではないか。
むしろ、そんな人材が来てくれるなら羨ましいくらいです。
営業経験があるなら、新しい取引先を開拓できるかもしれない。
人事経験があるなら、採用や職員教育を改善できるかもしれない。
小売業の経験があるなら、店舗運営に力を発揮できるかもしれない。
製造業の経験があるなら、商品開発や作業工程の改善に知恵を貸してもらえるかもしれない。
何十年も本当に仕事をしてきた人なら、何かを持っているはずです。
では、なぜ定年後にその能力が生かされないのでしょうか。
本人が過去の肩書きを捨てられないのか。
年下の上司が扱いにくいと感じるのか。
企業がその人の能力を見つけられないのか。
それとも、その能力を生かす仕事を設計できないのか。
おそらく、いろいろなケースがあるのでしょう。
しかし少なくとも、
65歳になった瞬間、それまで何十年も積み上げてきた経験の価値がなくなるわけではありません。
高齢者に仕事がないのか。それとも、企業に仕事をつくる力がないのか
私はここで、企業側にも問いが必要だと思っています。
高齢者に、
「若い人と同じことはできませんね」
と言うのは簡単です。
では、その人に何ができるのかを本当に見たのでしょうか。
例えば、体力は落ちている。
長時間勤務は難しい。
新しいデジタル機器への適応には時間がかかる。
しかし、人脈がある。
営業ができる。
若い職員を育てられる。
顧客との関係をつくれる。
現場の問題に気づける。
過去の失敗を知っている。
こうした能力があるかもしれません。
もちろん、すべての高齢者に特別な能力があるわけではありません。
年齢を理由に過大評価する必要もない。
しかし、
「高齢者にできる仕事がない」のではなく、「その人の能力を生かす仕事を企業側が見つけられていない」場合もあるのではないでしょうか。
高齢者雇用は、本人だけの問題ではありません。
雇う側にも、人を見る力が必要です。
これは作業療法士として人の能力を見てきた私にも、非常に身近な考え方です。
「できるか、できないか」ではない。
何ならできるのか。
どんな環境ならできるのか。
どのくらいの時間なら続けられるのか。
何を任せるべきではないのか。
人を仕事に無理やり合わせるだけではなく、仕事の方を少し変えることで、その人の能力が生きることもあります。
ただし、「高齢者は貴重な戦力です」という美談にもしたくない
ここまで書くと、
「やはり高齢者は経験豊富な貴重な人材ですね」
という結論になりそうです。
しかし、私はそこまできれいにまとめるつもりはありません。
実際に高齢者を雇っていれば、問題もあります。
体力の低下もある。
健康状態も変わる。
新しいことへの適応が難しい人もいる。
長年の仕事観が固まり、他人の意見を受け入れにくい人もいるでしょう。
そして、単純に仕事ができない人だっています。
それは若い人でも同じです。
高齢者だから素晴らしいのでもない。
高齢者だから問題があるのでもない。
結局、その人次第です。
ただ、高齢者の場合には、何十年も生き、何十年も働いてきたからこそ、長所も短所も強く現れることがあります。
その人をどう見るか。
何を任せるか。
どこまで許容するか。
そして、どこからは許容しないのか。
雇用する側にも難しい判断があります。
高齢者雇用を増やせば人手不足が解決する。
そんな単純な話ではありません。
「長く働ける」と「長く働かなければ生きられない」は違う
そしてFPとして、どうしても外せないのがお金の問題です。
65歳を過ぎても働く。
70歳まで働く。
場合によっては75歳を過ぎても働く。
それによって収入を得られることは、老後の家計に大きな意味があります。
例えば、65歳から70歳まで月10万円の収入を得れば、単純計算で5年間に600万円です。
さらに、その間に貯蓄の取り崩しを抑えられれば、老後資金を長持ちさせることにもつながります。
働ける人にとって、長く働くことは非常に有力な老後戦略です。
しかし、
「老後資金が足りないなら働けばいい」
と簡単に言っていいのでしょうか。
健康でなければ働けません。
家族を介護している人もいます。
地方では仕事そのものが少ないこともあります。
採用されなければ、働きたくても働けません。
そして何より、本当はもう仕事を辞めたい人もいるでしょう。
40年、50年働いた。
もう十分だ。
残りの人生は違うことに使いたい。
それも当然の選択です。
だから私は、
長く働ける社会と、長く働かなければ生きられない社会は全く違う
と思っています。
70代でも働きたい人に仕事がある。
それはいい。
しかし、70代になっても生活費が足りず、身体がつらくても仕事を辞められない。
それを「生涯現役」という美しい言葉で語るのは違うでしょう。
高齢者は本当に働きたいのか
高齢者の就業意欲は高いと言われます。
でも、その「働きたい」の中身は一つではありません。
仕事が好きだから。
人と関わりたいから。
社会とのつながりを失いたくないから。
家にいても暇だから。
生活に張りが欲しいから。
自分の経験を生かしたいから。
あるいは、
働かなければ生活できないから。
同じ「働きたい」でも、その意味は全く違います。
月に数万円の収入があれば趣味を楽しめる。
孫に何か買ってあげられる。
旅行に行ける。
そんな働き方もあります。
一方で、家賃を払うために働く。
食費のために働く。
医療費を払うために働く。
年金だけでは生活できないから、身体がつらくても働く。
この二つを、同じ「生涯現役」という言葉でまとめていいのでしょうか。
私は、そうは思いません。
まとめ|高齢者を雇うのではなく、一人の人間を雇う
私の職場では、60代、70代の人たちが実際に働いています。
過去の接客経験や技術を現在の仕事に生かし、実際に大きな戦力になっている人がいます。
一方で、仕事上の問題を抱える人もいます。
しかし、その問題のある人が、外部企業との関係をつくり、新しい仕事を持ってきた実績を持つこともあります。
だから、人間の評価は簡単ではありません。
一つのことができないから、その人に価値がないわけではない。
一つの大きな実績があるから、すべての問題を無視していいわけでもない。
そして、これは高齢者だけの話ではありません。
高齢者雇用とは、「高齢者」という集団を雇うことではない。
一人の、癖のある人間を雇うことです。
その人には過去があります。
経験があります。
得意なことがあります。
苦手なことがあります。
面倒なところもある。
驚くような力を発揮することもある。
年齢だけでは何も分かりません。
見るべきなのは、
その人は何ができるのか。
何をしてきたのか。
何を任せるべきなのか。
何を任せるべきではないのか。
そして、なぜ働きたいのか。
私は、高齢者雇用について考えるとき、そこから始めるべきだと思っています。
長く働ける社会と、長く働かなければ生きられない社会は違います。
そして、
年齢だけを見て、それまで何十年も積み上げてきた人間の価値を決める社会も違う。
働きたい人が働ける。
能力のある人は、その能力を生かせる。
働くことが難しい人は、無理をしなくても生活できる。
そして、もう十分働いたと思う人には、仕事を辞める自由もある。
「生涯現役」という言葉が本当に意味を持つとすれば、それは死ぬまで働くことを求める社会ではなく、年齢にかかわらず、その人自身が働くことも、働かないことも選べる社会なのではないでしょうか。
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福祉特化FP 小倉尚之は、作業療法士、ファイナンシャル・プランナー、宅地建物取引士としての専門性と、医療現場での勤務経験、就労継続支援B型事業所の運営経験をもとに、医療・福祉・障害・就労・住まい・お金を横断した講演・研修を行っています。
高齢者雇用についても、「何歳まで働くか」という制度論だけではなく、実際に60代、70代の人たちと働く経営者としての経験、作業療法士として人の能力を見る視点、FPとして老後資金と収入を見る視点からお話しすることができます。
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