高齢の親を見て感じた、デジタル化で狭くなる生活
母が以前、こんなことを言っていました。
「タブレットで注文する店には入れない」
飲食店そのものに入れないわけではありません。
歩いて店まで行けます。
椅子にも座れます。
食事もできます。
それでも、注文がタブレットになっているだけで、その店を選択肢から外してしまう。
スーパーでも似たようなことがあります。
買い物カートに端末が付いているものはストレスになる。
セルフレジも、ようやく何とか使えるようになってきた。
私たちにとっては、
「便利になった」
「待ち時間が減った」
「簡単になった」
というサービスでも、それを使えない人から見ると全く違う景色が見えているのかもしれません。
私は作業療法士として人の生活に関わり、FPとして生活とお金について考える仕事をしています。
その立場から最近気になることがあります。
デジタル機器を使えるかどうかが、その人の生活できる範囲を決め始めているのではないか。
ということです。
「スマホを持っている」と「スマホを使える」は違う
高齢者にもスマートフォンはかなり普及しました。
総務省の通信利用動向調査をもとにした情報通信研究機構の集計では、2025年のインターネット利用率は65歳以上で62.9%です。
ただし年齢による差は大きく、65~69歳では88.9%なのに対し、70~79歳では71.9%、80歳以上では37.1%まで下がります。75歳以上でまとめても48.5%です。NICT
そして、もう一つ考えなければならないことがあります。
インターネットを利用していることと、必要なサービスを自力で使えることも同じではありません。
LINEは使える。
電話もできる。
写真も見られる。
YouTubeも見る。
だから、
「うちの親はスマホを使える」
と思っていても、
アプリをインストールする。
会員登録をする。
メールアドレスを入力する。
パスワードを設定する。
SMSに届いた認証番号を確認する。
元の画面へ戻る。
クレジットカードを登録する。
QRコードを読み取る。
ここまで来ると話が変わる人は少なくないでしょう。
「スマホを持っているか」ではなく、
「スマホを使って、自分の生活に必要なことを完結できるか」
を見る必要があります。
街の中に「見えない段差」が増えている
私は福祉住環境についても仕事をしています。
その世界では、段差というのは非常に分かりやすい問題です。
玄関に20センチの段差がある。
階段しかない。
入口が狭い。
車椅子では通れない。
目に見えるので、問題に気付きやすい。
ところがデジタル化によって生まれる段差は見えません。
店の入口には何の問題もない。
ところが席へ座ったら、
「QRコードを読み取って注文してください」
と言われる。
これだけで、その店へ行かなくなる人がいる。
身体的には入れる店なのに、生活上は「入れない店」になるわけです。
これは結構大きな変化だと思います。
セルフレジが使えないと、買い物まで変わる
スーパーでもセルフレジは珍しくなくなりました。
民間の2025年調査では、全体ではセルフレジを多く利用する人が約半数。一方で年齢が上がるほど有人レジを多く利用する傾向がみられています。クロス・マーケティング
もちろん、セルフレジそのものが悪いわけではありません。
慣れている人にとっては便利です。
ただ、
商品のバーコードを探す。
一つずつ読み取る。
袋へ入れる。
ポイントカードを読み込ませる。
支払方法を選ぶ。
カードを入れる。
エラーが出たら店員を呼ぶ。
こうした一連の操作を自分で行う必要があります。
そして操作方法は店によって違います。
一つ覚えたと思ったら、別のスーパーでは画面が違う。
後ろに人が並んでいる。
画面には次々と指示が表示される。
「早くしなければ」
と思えば、それだけで焦ります。
結果として、
「あのスーパーはセルフレジだから行きたくない」
となる。
買い物に行けないわけではありません。
でも、行く店を選べなくなっている。
これも生活範囲が狭くなるということだと思います。
飲食店でも同じことが起きている
最近は飲食店でも、
タブレット注文。
QRコード注文。
モバイルオーダー。
セルフオーダー。
が増えました。
注文を取りに来てもらう必要がなく、人手不足への対応にもなります。
若い人なら、
「こっちの方が楽」
という人もいるでしょう。
一方で、私の母のように、
「タブレット注文なら、その店には行かない」
という人もいる。
これを単に、
「覚えればいい」
で片付けていいのか。
私は少し疑問があります。
もちろん、新しいものを覚えることは大切です。
ただ、人は年齢とともに身体機能だけではなく、情報処理の速さや新しい操作への適応にも個人差が出てきます。
作業療法士として見るなら、
その人が実際の生活場面でその操作を遂行できるのか
を見る必要があります。
説明書を読めばできるかではありません。
混雑した店内で、後ろに人が待っている状況でもできるか。
エラーが出たとき、自分で戻れるか。
分からなくなったとき、助けを求められるか。
生活は、練習した通りの条件では行われません。
病院、交通、行政もデジタル化していく
問題は買い物や飲食だけではありません。
病院の予約。
タクシーの配車。
鉄道や航空券の予約。
行政手続。
銀行。
各種料金の支払い。
さまざまなサービスがデジタルへ移っています。
行政も例外ではありません。
デジタル庁は現在、自治体の行政手続についてスマートフォンなどで手続が完結できることを目指し、オンライン化を進めています。
介護関係の手続などもオンライン化の対象です。デジタル庁
これは、多くの人にとって間違いなく便利です。
役所へ行かなくても手続きできる。
待ち時間もない。
自宅から24時間申請できる。
しかし、
便利になった社会と、その便利さを利用できる人は同じ速度では増えていません。
ここが問題です。
「ネットでやればいい」が解決策にならない人がいる
たとえば高齢になって車を運転しなくなった人がいるとします。
買い物へ行くのが大変になった。
そこで、
「ネットスーパーを使えばいいじゃない」
となる。
タクシーを電話で呼びにくくなった。
「アプリで呼べばいい」
病院の予約が取りにくい。
「ネット予約すればいい」
銀行へ行くのが大変。
「ネットバンキングを使えばいい」
一つ一つは合理的です。
ところが、その人がデジタル機器を使えなければ、
全部使えません。
先日の記事で、車を運転しなくなることで高齢者の生活範囲が狭くなる可能性について書きました。
そこへデジタル化が重なります。
車を使えない。
バス停まで歩くのも大変。
だからネットスーパーを利用したい。
でもネット注文ができない。
タクシーを使いたい。
でもアプリが使えない。
近くの飲食店へ行った。
でもQRコード注文なので入るのをやめた。
こうなると、
身体的な移動能力の低下と、デジタル化による利用制限が同時に生活範囲を狭めていきます。
そして最後に頼るのが「家族」になる
では、自分でできなければどうするのか。
多くの場合、
家族に頼みます。
「これ注文して」
「病院予約して」
「このアプリ入れて」
「パスワードが分からなくなった」
「ネットで調べて」
「このQRコードどうするの?」
私自身も、親からこうしたことを頼まれることがあります。
一回だけなら大したことではありません。
数分で終わることもあります。
でも社会全体のデジタル化が進めば、
これまで本人が自分でやっていた生活行為が、少しずつ家族へ移っていく可能性があります。
ここは、介護を考える上でも見落としやすいところです。
食事介助をしているわけではない。
着替えを手伝っているわけでもない。
送迎しているわけでもない。
だから、
「まだ介護なんてしていない」
と思っている。
でも実際には、
予約。
買い物。
支払い。
検索。
契約。
各種手続。
こうした生活の事務作業を家族が代行している。
これも立派な生活支援です。
FPとして考える。「スマホが使えるか」は、お金にも関係する
ここで、お金の話もしておきたいと思います。
FPとして高齢期の生活を考えるとき、
年金はいくらあるか。
預貯金はいくらあるか。
毎月の生活費はいくらか。
医療費や介護費をどのくらい見込むか。
こうした数字はもちろん重要です。
でも、それだけでは足りないと思っています。
これからは、
「その人が自分でサービスへアクセスできるか」
も家計に影響する可能性があります。
同じ商品でも「買える場所」が違えば値段も変わる
インターネットを使えれば、
複数の店を比較できます。
ネット通販も使えます。
ネットスーパーも使えます。
アプリ限定の割引やクーポンを利用できることもあります。
反対に、それらを使えなければ、
自分が行ける店の中から選ぶしかありません。
近所の店しか利用できない。
有人レジのある店を選ぶ。
家族に買ってきてもらう。
つまりデジタルを使える人と使えない人では、
同じ地域に住んでいても、実際に選べる商品やサービスの範囲が違う
ということが起こります。
必ずしも「スマホが使えない人ほどお金がかかる」と単純化はできません。
ただし、
選択肢が少なくなることは、家計を組み立てる自由が少なくなることでもあります。
ここはFPとして無視できません。
家族に頼めば「0円」なのか
さらに難しいのがここです。
ネットスーパーを使えない。
だから娘が買ってくる。
病院をネット予約できない。
だから息子が予約する。
行政手続が分からない。
だから家族が仕事帰りに実家へ寄って手伝う。
本人の家計簿だけを見れば、
0円です。
でも、本当に0円でしょうか。
家族が車で行けばガソリン代がかかります。
離れて暮らしていれば交通費がかかります。
場合によっては仕事を休む。
休日の時間を使う。
前回、車を運転しなくなった高齢者について、
「家族の送迎は無料ではない」
と書きました。
デジタルについても同じです。
家族によるデジタル支援も、家族全体で見れば完全な0円ではありません。
家計簿には出てこないコストが、家族側へ移っているだけの場合があります。
老後資金は「いくら持っているか」だけでは決まらない
たとえば同じ年金額、同じ預貯金額の二人がいたとします。
一人は、
スマートフォンを使える。
ネットで買い物できる。
交通手段を自分で確保できる。
病院を自分で予約できる。
行政手続もある程度できる。
もう一人は、
車を運転できない。
スマートフォンを使えない。
ネット注文ができない。
予約も家族に頼む。
各種手続にも付き添いが必要。
同じ300万円を持っていても、
その300万円で維持できる生活は同じではありません。
これは非常に重要だと思います。
FPは資産額だけを見る仕事ではありません。
そのお金を使って、
その人がどんな生活を続けられるのか
を見る必要があります。
だからといって「高齢者はスマホを覚えるべき」で終わらせたくない
ここまで読むと、
「じゃあ高齢者にスマホを教えればいい」
という結論になりそうです。
もちろん、それも一つです。
スマホ教室へ行く。
家族が教える。
よく使うアプリだけ覚える。
パスワードの管理方法を決める。
セルフレジを一緒に練習する。
できることを増やすのは意味があります。
でも、私はそれだけで終わらせたくありません。
社会の側にも、
デジタルを使えない人が一定数いることを前提にした選択肢
は必要だと思います。
タブレット注文だけではなく店員にも注文できる。
セルフレジだけではなく有人レジも残す。
アプリだけではなく電話でも予約できる。
オンラインだけではなく対面でも手続きできる。
「できない人は覚えてください」
だけではなく、
複数の入口を残しておく。
それも生活を支える環境の一つです。
家の段差だけが「住環境」ではない
福祉住環境というと、
手すり。
段差。
スロープ。
トイレ。
浴室。
といった住宅設備を想像する人が多いと思います。
でも、人は家の中だけで生活しているわけではありません。
スーパーへ行く。
病院へ行く。
飲食店へ行く。
銀行へ行く。
人と会う。
買い物をする。
サービスを利用する。
こうした街全体が生活環境です。
そして今、その街の中に、
目には見えないデジタルの段差が増えています。
「できないこと」が増えたとき、生活は静かに小さくなる
私の母は、
「タブレット注文の店には入れない」
と言いました。
おそらく本人にとっては、それほど大げさな話ではないでしょう。
「じゃあ別の店に行けばいい」
それだけの話かもしれません。
セルフレジが嫌なら有人レジへ行けばいい。
ネット通販ができなければ店へ行けばいい。
アプリが使えなければ電話すればいい。
一つ一つなら代わりがあります。
でも、
車を運転しなくなる。
歩ける距離が短くなる。
バスが減る。
近所の店が閉まる。
セルフレジが増える。
注文がタブレットになる。
予約がネット中心になる。
手続きがオンラインになる。
これらが少しずつ重なっていったらどうでしょう。
ある日突然、生活できなくなるわけではありません。
「ここは行かない」
「これはやめておこう」
「面倒だから頼もう」
が一つずつ増えていく。
そして気がついたときには、
その人が自分で選べる生活が以前より小さくなっている。
高齢期の生活を考えるとき、私は年金額や貯蓄額だけではなく、
「その人が自分で選べるものが、どれだけ残っているか」
も見ていきたいと思っています。
便利になる社会の中で、
便利さを使える人だけが自由になっていくのではなく、
使えない人にも別の入口が残っている。
そんな環境も必要なのではないでしょうか。
高齢期の暮らし・住まい・お金について考えている方へ
高齢になると変わるのは、身体だけではありません。
移動手段、買い物、地域のサービス、家族との関係、デジタル機器、そして家計。
さまざまな変化が重なって、「今まで普通にできていた生活」が少しずつ難しくなることがあります。
福祉特化FPでは、お金だけを見るのではなく、住まい、生活環境、身体状況、利用できる制度やサービスなども含めて、これからの暮らしを整理しています。
「まだ住み替えると決めたわけではない」
「親の今後について何から考えればいいか分からない」
という段階でも構いません。
住まい・暮らし・お金についてのご相談、また福祉・住環境・生活設計をテーマとした講演・研修のご相談も受け付けています。
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