病気になっても仕事は諦められない。「治療と仕事の両立」をお金から考える

家と生活の関係

病気になることは、決して特別なことではありません。

がんと診断される人もいます。

脳梗塞を発症する人もいます。

難病と向き合う人もいます。

交通事故で突然リハビリが必要になることもあります。

それは年齢や性別を問いません。

会社員だから、自営業だから、公務員だからという違いもありません。

独身でも、子育て中でも、親の介護をしていても起こり得ることです。

そして、病気になった人が最初に考えるのは、「病気を治すこと」かもしれません。

しかし、現実にはそれだけでは済みません。

「仕事はどうなるのだろう。」

「収入は減ってしまうのではないか。」

「住宅ローンは払えるだろうか。」

「子どもの教育費はどうしよう。」

「職場に迷惑をかけてしまう。」

「従業員や患者さんを待たせるわけにはいかない。」

病気になると、治療だけではなく、仕事、お金、家族、将来への不安が一度に押し寄せます。

私は作業療法士として病院で多くの患者さんのリハビリに携わってきました。

現在は福祉特化FPとして、障がいのある方やご家族のライフプランニングに関わっています。

振り返ってみると、患者さんが本当に悩んでいたのは、病気そのものではありませんでした。

「これからどう生きていけばいいのか。」

その問いでした。

この記事では、私が実際に関わった三人の事例を通して、「治療と仕事の両立」とは何かを、お金や人生という視点から考えてみたいと思います。


「仕事に戻れるのだろうか。」20代消防士が抱えた本当の不安

ある日、一人の20代の消防士が入院してきました。

診断はギラン・バレー症候群でした。

手足に力が入りにくくなり、歩くことも難しくなっていました。

消防士という仕事は、デスクワークだけではありません。

火災現場では重い装備を身に着け、人を抱え、階段を駆け上がることもあります。

少し身体が動くようになったからといって、すぐに元の仕事へ戻れるわけではありません。

約二か月間、毎日のようにリハビリを続けました。

少しずつ歩けるようになり、筋力も回復してきました。

医療者として見れば、「順調に回復している患者さん」でした。

しかし、本人が一番気にしていたのは別のことでした。

「消防士として復帰できるでしょうか。」

その言葉が、とても印象に残っています。

病気は治ってきている。

歩くこともできる。

それでも、仕事へ戻れるかどうかは分からない。

現場復帰が難しければ、事務職への配置転換になる可能性もありました。

仕事内容が変われば、これまで描いてきた将来設計も変わるかもしれません。

本人が恐れていたのは、身体のことだけではなく、「自分の人生が変わってしまうこと」だったのです。

幸い、この方は段階的な復職を経て、最終的には再び現場で働けるようになりました。

後日、お会いした際に話してくれた言葉があります。

「以前と同じように働けるようになるまでが、本当のリハビリでした。」

私はこの言葉を今でも忘れることができません。

リハビリは、病院の中だけで終わるものではありません。

仕事へ戻り、生活を取り戻し、自分らしい人生をもう一度歩き始める。

そこまで含めて、本当の意味での「回復」なのだと教えられました。


治療が終わっても、不安は終わらない

病院では、「退院おめでとうございます」という言葉で一区切りを迎えます。

しかし、患者さんにとっては、そこからが本当のスタートです。

職場は以前と同じように迎えてくれるのか。

収入は維持できるのか。

家族は安心して生活できるのか。

住宅ローンや教育費はどうなるのか。

医療者は身体機能の回復を支えます。

企業は復職を支えます。

制度は生活を支えます。

けれど、そのすべてをつなげて、「これからの人生」を一緒に考えてくれる人は意外と多くありません。

だから私は、作業療法士として患者さんと向き合ってきた経験と、福祉特化FPとしてライフプランニングに携わる今の仕事は、決して別々ではないと考えています。

病気になっても、その人らしい生活を続けるためには、治療・仕事・お金・家族を切り離して考えることはできないからです。


「お母さん、変なしゃべり方。」その一言が胸に刺さった

次に紹介するのは、50代で水産加工場に勤務していたお母さんです。

脳梗塞を発症し、リハビリのために入院されました。

幸い命に関わるような重い症状ではありませんでしたが、右手の細かな動きにはぎこちなさが残り、言葉も少し話しづらい状態でした。

食事や着替えなどの日常生活は徐々に自立し、歩行も安定してきました。

リハビリも順調に進み、「もうすぐ退院ですね」という話ができるところまで回復していました。

ところが、ある日、その方がぽつりと話してくれました。

「家で子どもに、しゃべり方を真似されたんです。」

まだ小学生だったお子さんは、悪気があったわけではありません。

ただ、お母さんの話し方が以前と違うことを面白がって真似をしたのでしょう。

その話をするときのお母さんの表情は、今でも忘れられません。

身体の麻痺よりも。

言葉の障害よりも。

その何気ない出来事の方が、深く心に残っていたように感じました。

病気になるということは、身体だけの問題ではありません。

家族との関係。

職場での立場。

そして、自分自身への自信。

そうしたものまで少しずつ揺らいでしまうことがあります。


「働ける」ことと「以前と同じように働ける」ことは違います

退院後、この方は職場へ復帰しました。

しかし、以前とまったく同じ仕事ができたわけではありません。

細かな作業では手のしびれが気になり、長時間続けると疲れやすくなりました。

職場では仕事内容を調整してもらい、身体への負担が少ない工程も担当しながら働き続けることになりました。

「復職できた」という一言で片付けてしまえば、それで終わりです。

けれど、その裏側には、

以前より疲れやすい身体。

職場へ迷惑をかけているのではないかという不安。

家族に心配をかけたくないという思い。

さまざまな葛藤がありました。

後にその方は、こんな言葉を話してくださいました。

「以前ほど無理はできないけれど、働き続けられていることがありがたいです。」

その言葉を聞いたとき、私は「治療と仕事の両立」という言葉の意味を改めて考えさせられました。


病気は家計にも大きな影響を与えます

働き続けられたことは、本当に良かったことです。

しかし、もし復職までに時間がかかっていたらどうだったでしょうか。

もし後遺症がもう少し重かったら。

もし仕事を辞めざるを得なかったら。

多くの家庭では、その瞬間から家計にも影響が及びます。

収入は減るかもしれません。

医療費がかかります。

通院も続きます。

住宅ローンや教育費の支払いは待ってくれません。

「病気を治すこと」と「生活を守ること」は、別々に考えることはできないのです。

だから私は、リハビリだけでも、お金だけでも足りないと考えています。

治療、仕事、家族、そして家計。

そのすべてを一緒に考えることが、「治療と仕事の両立」なのではないでしょうか。


「私には休むという選択肢がありませんでした。」

三人目は、開業されている医師でした。

ある神経疾患を発症し、リハビリが必要な状態になりました。

身体の回復を考えれば、しばらく仕事を休むことが望ましい状況でした。

しかし、その方には簡単に仕事を休めない事情がありました。

診療を待っている患者さんがいます。

一緒に働く職員がいます。

休診すれば、収入だけではなく、職員の生活にも影響が及ぶかもしれません。

経営者にとって、「仕事を休む」という決断は、自分一人の問題ではないのです。

その方は、ゴールデンウィークの連休を利用して集中的にリハビリを受け、通常診療への影響をできるだけ少なくする道を選びました。

限られた時間の中でリハビリを行い、少しでも早く患者さんのもとへ戻ろうと努力されていました。

医療者でありながら、自ら患者となる。

その立場だからこそ感じる葛藤があったのだと思います。


「治療と仕事の両立」は立場によって悩みが変わります

ここまで三人の事例を紹介してきました。

消防士は、「現場へ戻れるのか」という不安を抱えていました。

水産加工場で働くお母さんは、「以前と同じように働けないかもしれない」という不安と、家族との関わりに心を痛めていました。

そして開業医は、「自分が休むことで、多くの人に影響を与えてしまう」という責任を背負っていました。

病気は同じでも、悩みはまったく同じではありません。

会社員には会社員の悩みがあります。

公務員には公務員の悩みがあります。

自営業には自営業の悩みがあります。

経営者には経営者の悩みがあります。

家庭環境も同じではありません。

独身の人。

子育て中の人。

親の介護をしている人。

家族の生活を支えている人。

だから、「治療と仕事の両立」に一つの正解はありません。

しかし、共通していることがあります。

それは、病気になった瞬間から、多くの人が治療だけでは解決しない問題に直面するということです。

仕事。

収入。

家族。

将来への不安。

こうした問題は、どれか一つだけを考えても解決できません。

だからこそ、病気になったときには医療だけではなく、仕事や家計、そしてこれからの人生を含めて考える視点が必要になるのです。


病気になってから考えるのでは遅いこともあります

病気は、ある日突然やってきます。

「もう少し貯金をしてから。」

「保険はそのうち考えよう。」

「家計の見直しは落ち着いてから。」

そう思っていた矢先に、病気や事故に見舞われることも少なくありません。

もちろん、すべてを事前に準備することはできません。

それでも、自分や家族の生活を支える制度を知っておくこと、家計の状況を把握しておくこと、困ったときに相談できる相手を持っておくことは、大きな安心につながります。

私は作業療法士として身体の回復を支える現場を経験し、現在は福祉特化FPとして、お金や暮らしの相談にも関わっています。

その経験から感じるのは、治療と仕事の両立とは、「働き方」の問題ではなく、「人生設計」の問題だということです。

病気になっても、その人らしい生活を続けるためには、医療、福祉、職場、家族、そしてお金を切り離して考えることはできません。

この記事が、これからの人生について考えるきっかけになれば幸いです。


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