終活というと、遺言書や相続、生命保険を思い浮かべる方が多いと思います。
もちろん、それらはとても大切です。
しかし、作業療法士として病院で働いていた頃、私が何度も目にしたのは、**「準備する時間さえなかった家族」**でした。
忘れられない方がいます。
50代の男性でした。
がんが見つかった時には、すでに病状はかなり進行していました。
受診して間もなく、歩くことも難しくなり、車いすでの移動が必要になりました。
入院後は意識がはっきりする時間と混濁する時間を繰り返すようになりました。
それでも、ご本人は仕事が気になっていました。
会社の書類を病室で確認し、少しでも整理しようとしていました。
一方、ご家族も突然の出来事に追われます。
娘さんとはなかなか連絡が取れず、入院生活に必要な物がそろわないこともありました。
誰が何を管理しているのか。
何を準備すればいいのか。
家族も本人も考える余裕がありませんでした。
そして、その方はほどなく亡くなられました。
娘さんたちは悲しみの中にいましたが、その一方で、
「これから何をすればいいのか。」
という現実が一気に押し寄せます。
相続。
保険。
手続き。
住まい。
仕事。
何一つ整理する時間がないまま、その日を迎えてしまったのです。
私はこの経験から、終活とは亡くなる準備ではなく、
「家族みんなに準備する時間を残すこと」
なのだと思うようになりました。
終活で一番大切なのは、「家族で話す時間」をつくること
終活という言葉には、どこか「人生の終わりを準備する」という暗い印象があります。
しかし、私は少し違う意味で考えています。
終活とは、亡くなる準備ではなく、残される家族が困らないための準備です。
財産の多い少ないは関係ありません。
病気は、人生の予定どおりにはやってきません。
だからこそ、元気な今だからこそ話せることがあります。
では、具体的に何を話しておけばよいのでしょうか。
① 「介護になったら考えよう」では、もう遅いことがあります。
「介護が必要になったら、その時に考えればいい。」
そう思っている方は少なくありません。
もちろん、元気なまま人生を終えられたら、それが一番です。
しかし、そうならないから介護があるのです。
私が療養病棟で働いていた頃、長期入院されている患者さんにとって、外泊は何よりの楽しみでした。
自宅に帰る。
家族と食事をする。
自分の布団で眠る。
たった数日でも、その時間を心待ちにしていました。
でも、その頃には、自分の人生を自分で選ぶことはほとんどできません。
どこで暮らすか。
どんな介護を受けるか。
家をどうするか。
その多くは家族や医療・介護職が決めていきます。
亡くなることを考える余裕もありません。
ただ、病気と向き合いながら毎日を過ごしているのです。
だからこそ、元気な今だからこそ、「もしもの時はどうしたいか」を話しておく意味があります。
② 財産がなくても、お金の話は必要です。
「うちは財産なんてないから。」
そんな声もよく聞きます。
しかし、終活は資産家だけのものではありません。
現在、私が関わっている利用者さんの一人は、片麻痺があり、障害年金と工賃で生活しています。
借金は約500万円あります。
身寄りはいますが、普段から支援を受けているわけではありません。
もし、ある日突然亡くなったら。
法律上の相続とは別に、家族には連絡が入り、様々な手続きや対応を迫られる可能性があります。
「財産を残す」だけが終活ではありません。
「どんな状況なのか」を家族が知っているだけでも、突然の混乱は少なくなります。
残すものがお金ではなくても、情報を残すことはできるのです。
③ 家は、残せば喜ばれるとは限りません。
家は財産です。
だから、「子どもに残してあげたい」と考える方は少なくありません。
しかし、現場では違う場面もたくさん見てきました。
ある方は施設への入所が決まりました。
東京で暮らす娘さんは、実家を売却しようと考えました。
ところが、思うようにはいきませんでした。
買い手が見つからない。
希望した価格では売れない。
書類を集める。
片付けをする。
遠方から何度も通う。
仕事を休む。
家は資産である一方で、大きな負担になることもあります。
「親が元気なうちに、この家をどうしたいのか。」
その話し合いができているだけで、残された家族の負担は大きく変わります。
④ 本人の希望は、元気なうちしか聞けません。
病院では、こんな会話を何度も耳にしました。
「お父さんは、どうしたいと言っていましたか。」
「家に帰りたいと言っていた気もするけど……。」
「施設は嫌だと言っていたような……。」
でも、本当にそうだったのでしょうか。
急に病状が悪化すると、自分の意思を伝えられなくなることがあります。
意識がはっきりしない。
言葉が出ない。
判断する力が落ちる。
そうなると、家族は「本人ならどう思うだろう」と考えながら決断を繰り返すことになります。
延命治療。
施設への入所。
自宅で過ごすのか。
医療や介護の現場では、家族が悩みながら決断する姿を何度も見てきました。
だからこそ、「もし自分だったらどうしてほしいか」。
その答えは、元気なうちにしか伝えられません。
正解を決めることではなく、家族が迷わないために、一度話しておくことが大切なのだと思います。
⑤ 「まだ元気だから」が、一番危ないのかもしれません。
この記事の最初に紹介した50代の男性も、少し前までは普通に仕事をしていました。
まさか数か月後に、自分が病院のベッドの上で仕事の書類を見ているとは思っていなかったでしょう。
療養病棟で出会った患者さんも、「介護が必要になる人生」を想像していたわけではありません。
借金を抱えながら生活している利用者さんも、「家族に迷惑をかけたい」と思っているわけではありません。
施設入所が決まり、実家の売却に奔走した娘さんも、「こんなに大変だとは思わなかった」と話していました。
どの方にも共通しているのは、
「もっと早く話しておけばよかった。」
という時間の問題です。
終活は、人生の最後が近づいた人だけがするものではありません。
むしろ、元気に暮らしている今だからこそできることです。
まとめ
終活という言葉を聞くと、遺言書や相続、保険の見直しを思い浮かべる方が多いかもしれません。
もちろん、それらは大切です。
しかし、現場で多くの方と関わってきた私が感じるのは、**一番大切なのは「家族で話す時間を持つこと」**だということです。
介護の希望。
お金のこと。
住まいのこと。
そして、自分がどんな最期を望むのか。
すべてを決める必要はありません。
一度話しておくだけでも、残される家族の負担は大きく変わります。
終活とは、亡くなる準備ではなく、家族が困らないための準備です。 その準備を始められるのは、明日ではなく、今日かもしれません。
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